設立記念国際シンポジウム開催報告

日本乳がん情報ネットワーク Japan Comprehensive Cancer Network, Breast
設立記念国際シンポジウム開催報告

        開催概要    講演概要    講演者リスト

講演概要

第1部 9:30〜12:30

テーマ:乳がん治療に関する日米ガイドラインについて
How to Develop Clinical Practice Guidelines : from Japanese and American Perspectives
     
座長: 中村 清吾(聖路加国際病院 乳腺外科部長)
大野 真司(国立病院九州がんセンター 乳腺科部長)
     
演者: ジョアン・マクルーア(全米がん情報ネットワーク 副総裁)
ロバート・カールソン(スタンフォード大学医療センター 教授)
ユン・スク・リー(韓国国立がんセンター 乳がんセンター長)
高塚雄一(関西労災病院外科、大阪大学医学部 臨床教授)
上野直人(テキサス大学M.D.アンダーソンがんセンター 准教授)
上田博三(国立がんセンター中央病院 運営局長 がん対策推進本部 事務局長)
福井次矢(聖路加国際病院 院長、京都大学 名誉教授)

 

講演者:上田博三
テーマ:医療制度改革の中でがん対策の今後の展開の予測について

日本人女性のがん罹患率と死亡率を見ると、乳がんは増加傾向にある。1978年以降の限られた病院におけるデータでは40歳代の乳がん罹患率が突出している。
 このような状況の中で国としてのがん対策をどうするか。厚生労働省の「がん医療水準均てん化の指針に関する検討会」が今春に出した結論では、専門医等の養成、医療機関の中の役割分担・連携・ネットワークの構築をしようということになった。また、がんの登録制度の検討、患者が必要とする情報の提供などが議論された。さらに、2005年5月に厚労省に設置された「がん対策推進本部」では、未承認のがん治療薬問題、教育制度問題などを議論する。2005年8月には同本部が以下三つの考え方に立脚した「がん対策推進アクションプラン2005」を作成し、がん対策の飛躍的な向上を緊急に目指すことが決まった:
(1)国民、患者の視点からがんを再構築する
(2)がんの5年生存率20%改善などの戦略目標達成のために、がんの種別・対策別にブレークダウンした戦略手法を作成し、患者に対しては情報提供する(来年度以降、がん情報提供ネットワークを構築予定)
(3)外部有識者による検討の枠組みをつくり、がん情報ネットワークについても国民・患者サイドの意見を聞きそれを反映できるものにしていく。また、2006年4月以降には厚労省に「がん対策推進室」ができる見込みである。ここでは今まで研究、医療など別々に検討してきたがんについての問題をひとつの組織で幅広く検討することができるようになる。

 

講演者:福井次矢
テーマ:厚生労働省ガイドライン研究班における策定の基本理念と現状、今後の課題

 診療ガイドラインとはどういうものか。医療分野ごとに優れた医師・専門家が診療上の方針・手引きを作り、それに基づいて他の医師が診療すれば、分野ごとに非常に高レベルな診療が行われるようになることを期待した手引き。当初は権威ある先生が作ったものを使おうという形で始まったと思うが、1970年前後から、一定の手順を踏んで作るべきだという考えが出てきた。1990年前後からは現在のような手順で多くの人が一番信頼できると考えている根拠(エビデンス)をきちんと記載したガイドラインを作ろうという方向になった。  作成手順は、まず乳がんなら乳がんに関わる専門家が委員会を設置し、そこで疑問点、考え方などを洗い出し、テーマごとの研究内容、エビデンス、研究結果を集約し、それらが信頼に足るものかどうかを議論するというものである。  この作成手順では、できるだけさまざまな関連専門家が入ることが偏りをなくすために重要である。また信憑性が高いエビデンス、研究結果をより重視することも重要である。エビデンスにレベル付けをし、誰もが客観的に知ることができる必要がある。  ガイドライン作成にあたり一番重視すべきことは、患者がより良い医療を受け、生存期間が延びる、苦痛が少なくなるといった診療結果の改善がわかるデータが示されることである。  エビデンスに基づいた診療ガイドラインを作って終わりなのではなく、それを使ってどうなったかということを示すことが実は最重要である。がん疼痛管理ガイドラインをはじめとする様々なガイドラインについて研究が行われ、ほとんどの場合ガイドラインの使用によって患者の苦痛、生存期間、コスト等が改善したことがわかっている。  今後の課題としては、手順をしっかり守って高品質のガイドラインを作成すること、また数年ごとに新しいエビデンスを付加して改訂することが必要である。作成した診療ガイドラインを使ってどうなったか、患者にとってメリットがあったのかどうかということをぜひ評価して欲しい。

 

講演者:高塚雄一
テーマ:日本乳癌学会の現況と今後の展開

 海外と比較すると日本は乳がん罹患率が低いが死亡率は増加傾向にある。この理由のひとつには乳がん検診、もうひとつには科学的根拠に基づいた診療体系が不十分であることがあげられる。このような背景において日本乳癌学会がすべきことは(1)従来からの機関誌・会員向け広報誌の発行、(2)乳癌専門医制度により治療水準の地域格差をなくすこと、(3)乳癌診療ガイドラインの策定、(4)日本の乳癌患者のウェブ登録(2005年9月〜)など。  診療ガイドラインを使う際には使い方に注意しなければならない。ガイドラインが適用できるのは60〜90%の患者であるというスタンスで使うべき。実地臨床で不確かなことはたくさんあるので、臨床試験を立ち上げてガイドラインに反映することが望ましい。現在日本ではがんセンターを中心にしたある程度専門的な施設に絞った臨床試験機構と、日本全国を包括的に組み込んだN-SAS BC(エヌサスビーシー)という二つの臨床試験機構があるにとどまる。  現在日本でよく使われているガイドラインは、ザンクトガレンのレコメンデーション、NCCNガイドライン、ASCOガイドラインである。  日本乳癌学会での診療ガイドラインを作成する組織機構について。最高意思決定機関である理事会の下に、診療ガイドライン委員会がある。その下にガイドライン作成小委員会が5つ(薬物・手術・放射線・診断・検診・疫学)あった。2005年9月の理事会でさらに患者向けガイドライン作成小委員会が承認され現在は6つの小委員会がある。これとは別に評価委員会を設けている。  小委員会でのガイドライン作成手順は次の通り。各小委員会でリサーチクエスチョンを作成し、30前後くらいにまで絞る。文献検索の後、システミックレビューを行う。全体的なコンセンサス・カンファレンスを開き推奨グレード(A〜D。A=エビデンスが高く強く推奨する、D=エビデンス不十分で推奨しない、など)と解説文を作る。  その後、評価委員会での評価を経て診療ガイドライン委員会で評価をおこなう。これらの委員会では主にガイドラインの最低限の必要項目を満たしているかどうかと、レコメンデーションを中心に見た。さらにそれを理事会で審議する。通常6、7月に開催される乳癌学会で会員対象に説明をすることも予定している、その後、できあがったガイドラインの評価・アンケート調査(医療者向けを検討)し、それを再評価して改訂にフィードバックすることになっている。  この1年で医療従事者向けのアンケートを実施する必要がある。中・長期的にはこのガイドラインを用いて患者の最終的なアウトカムがどうなったかを改訂に反映させる。  また現在は出版物として公表しているガイドラインをウェブで公開したい。  患者用ガイドラインには医師、看護師、薬剤師、患者の代表の参加によって作成していきたい。

 

講演者:ジョアン・マクルーア
テーマ:NCCNガイドライン策定のプロセス、改訂のタイミングと方法、アウトカムアナリシスなど

 NCCNは米国の19のがんセンターの連合である。クリニカル・プラクティス・ガイドラインのプログラムも現在まで10年間運営されてきた。NCCNの目的はがん患者のケアの質を向上させることである。そのためには変化するデータや治療の改善をガイドラインに反映しなければならず、常にアップデートすることが必要である。少なくとも年1回アップデートする。  現在のパネルは48あり、600人の学際的なドクターが参加している。各パネルメンバーはある特定分野の専門家である。 ガイドラインの運営委員会があり、NCCNガイドラインプログラムの政策決定やパネルのチェアの選定を行う。  パネルのチェアの役割について。非常に重要な役割で、ガイドラインプログラムの円滑な運営に欠かせず、非常に強いチェアマンシップを発揮する。  NCCNガイドラインは臨床的な意思決定のパスウェイに沿って作成されている。診断から始まり、精査、病期の決定を行う。一次治療後、必要な場合はアジバント治療を行い、サーベイランス、再発の治療という順番である。  ガイドラインのアップデートについて。何か重要な新しいリサーチペーパーが発表されたかどうかをパネルのチェアおよびメンバーに訊き、新しいデータを全員で検討できるようにする。NCCN外のガイドライン使用者にも新データが提供される。その後データが外部からパネルに集約され、パネルメンバーがそれを検討し、最終決定を行う。  ガイドラインの開発は二つのパラメーターを基にしている。一つはエビデンス、もう一つはパネルメンバーのコンセンサスである。すなわちエビデンスが有効であるかどうかということのコンセンサスを得る。コンセンサスのプロセスではバイアスの管理が重要になる。パネルが十分に大きなサイズで、それによって多様な意見を反映するものでなければならないと考えている。地域的な偏りが生じないようにもしなければならない。また最終的には意見の対立、利害の対立があることを明らかにしなければならない。NCCNではパネルミーティングのはじめにパネルのメンバー、スタッフには利害の対立があるかもしれないといったことを明言し、企業のコンサルタントや研究助成を受けているか否かをすべて明らかにしガイドラインに記載する形でガイドラインの中で修正した利害関係を出すことになっている。それによって外部の人もパネルメンバーの利害関係やどういったバイアスが起こりうるのかを知ることができる。  NCCNガイドラインはウェブサイトでも閲覧できるが、どの程度アクセスされているか。ウェブで最初に公表したのは2002年で、30万6,000件のアクセスがあった(乳がん以外のがんを含む)。2005年には450万件に上ると予想されている。うち75%が米国内、25%が海外からのアクセスである。  近年、特にこの数ヵ月、国際的にガイドラインへの興味が非常に高まっている。日本のほかメキシコ、台湾、中国へ行くことになっている。またタイ、アイスランド、イタリアでもガイドラインが使われるようになってきている。

 

講演者:ロバート・カールソン
テーマ:NCCNガイドライン乳がん診療ガイドライン策定委員長の立場からの乳がん診療ガイドラインの骨子

●ガイドラインの特徴について。
1995年以来、毎年アップデートしている。2日間のミーティング、必要な場合にはテレビ会議や電話会議などを開く。エビデンスを基にしたアプローチを取っている。高いレベルのエビデンスが存在しない場合には専門家間でのコンセンサスを基とする。癌の診療においては60%くらいはエビデンスが欠けているので、その部分については専門家のコンセンサスによりギャップを埋めていくという手法をとっている。  役に立つガイドラインとは、実用的でなくてはならない。患者のケアにおいて重要な要素をすべてカバーしていなければならない。また大多数の患者に関して当てはまるようなものでなくてはならない。治療方法として広く普及しているものを推奨する必要がある。さらにガイドラインは利用者にとってわかり易いものでなければならず、容易に使えるものでなくてはならない。最新の内容が反映されていなければならない。  最新内容を反映するためには頻繁な更新が必要だが、そのためには新しいデータをいち早く認知することが必要である。そのデータのエビデンスがまだ十分に確立されていない場合にも、こういう治療がこういうところで提供されているということを情報として提供する。またレコメンデーションについてエビデンスが欠落している場合は、なぜエビデンスが欠けているにもかかわらず提供するのかということについての合理的な説明を内容に含めなければならない。
●アップデートのプロセスについて。
  まず乳がんの分野における新しい課題を指摘した上でパネルメンバーが話し合う。パネルメンバー以外の人にも参加していただきレビューをする場合もある。それぞれのトピックに特定のパネリストが担当者として割り当てられる。そしてこの担当者がミーティングでガイドラインの改訂内容についてどのようなエビデンスがあるかを報告し、その内容をパネルメンバーが検討した上で推奨する。討議の際は意見の不一致を調整する(コンセンサスを得る)努力がなされる。推奨内容の変更について全員一致の賛成が得られない場合には、そのパネルでガイドライン改訂の是非について意思決定する。プロセスの一部として、それぞれの推奨に対して推奨レベルを四つに分けている。例えばカテゴリー1はハイレベルのエビデンスがありNCCNの全員一致のコンセンサスが得られたものである。  作成したガイドラインは広く使ってもらうことが重要である。そのためにはアルゴリズムが常に出版され、それをサポートする資料も必要になる。  ガイドラインはインターネット経由で入手可能で、CD-ROMバージョンもある。  医学用語、専門用語を患者が理解できる平易な用語に置き換えた、患者向けのガイドラインも毎年出している。これはアメリカがん学会とNCCNの協力体制による。患者向けについては4言語に翻訳されているが、このような翻訳版については英語版である原版よりも更新の頻度は少ない。

 

講演者:上野直人
テーマ:MDアンダーソンがんセンターにおけるガイドラインの活用事例

MDアンダーソンにおけるガイドラインの普及状況について。ガイドラインを実際に持ち歩いているというよりは当然のごとく頭に入っている状況。日本では医師の頭にガイドラインが入っているという状況ではない。なぜか。ガイドラインを使うユーザーとしての違いではないかと考えている。

(1) 文化的背景の違い:あうんの呼吸がない米国ではコンセンサスを作ることが必要。
(2) システムの違い:日本の医師はトータルに患者を診るが、米国では自分の分野に特化している。日本には乳がん専門医資格がある。米国には上級看護師、臨床薬剤師、補助医師といった日本には少ないか存在しない職業がある。これらのコメディカルがチーム医療に参加し、ガイドライン形成に貢献している。
(3) 教育の違い:日本では医学部は高校卒業後だが、米国の医学部は大学院にあたる。そのため米国では基本的には一般内科に進んだ後専門家に進む傾向だった。

 NCCNガイドラインを日本に普及させるときには日本の現状にあった医療システムの中での適用・変更方法を具体的に検討する必要がある。  MDアンダーソンではガイドラインに対して何をやっているか。(1)日常診療でガイドラインをきちっと使う。(2)自分たちのできる/できない範囲を明確に頭の中に描いている。(3)常に自分たちに質問し、自分たちをエデュケートする。

(1) について。患者を診たときに必ず患者、同僚、コメディカルと話し合いをする。その際にはエビデンスに基づいて話しをし、なぜそれをしたかという思考プロセスをドキュメントする。
(2) について。やること、できないことを明確にもち、誰が何をできるかということをわかっていることは集学的医療の成功につながる。自分がわからない、難しいケースについては必ず同僚に相談する。
(3) について。MDアンダーソンで行っているように、自分たちの考えているプロセスを常にガイドラインやエビデンスに基づいて話し合い、コミュニケーションを取る。

 大切なのはガイドラインを見ることではなく、自分が患者と話すときに自分が推奨する理由、エビデンスの有無、ガイドラインに基づいていることを言うことである。  ガイドラインを、医師を含む医療従事者全員がたくさん使い込むことで脳みそに刻みこむ必要がある。その努力をすることが普及につながると思うので、ガイドラインを読むだけではなくどのように普及させるかというプロセスを考えて欲しい。

 

講演者:ユン・スク・リー
テーマ:韓国におけるガイドライン整備状況  

韓国では乳がんが増加傾向にある。96年には3,800例だったが、2004年には約1万例で、2.5倍以上の伸び率である。様々なデータから、罹患率・死亡率ともに高くなっていくことが予想される(早期がんの罹患率が高い)。
 韓国のがんに対する活動について。96年に10年間の戦略が立てられ、5年前に保健省にキャンサー・コントロール・ディビジョンができた。2001年に国立がんセンターが設立された。2003年にナショナル・キャンサー・アクトが施行された。2004年から地域のがんセンターが提示されている。乳がんを含む五つの主要ながんについて、99年からはナショナル・キャンサー・スクリーンング・プログラム(国の収入レベルよりも30%低い低収入者対象)を実施している。がんの登録ネットワークを設立しているが、これは98年に始まった全国のデータベースを、国立がんセンターができてから統合したものである。韓国乳がん学会は96年から登録プログラムを持っている(当初はペーパーワークだったが、2001年からオンラインのシステムに変更になった)。非常に高品質のデータが蓄積されている。またがん情報提供サービスを行い、治療に関連する情報などを提供し、がんに関連する情報をデータベース化している。  韓国乳がん学会などと協力し、乳がんについて国のガイドライン作成を考えている。韓国乳がん学会は2002年5月からガイドライン作成を始めた。プロセスについては日本乳癌学会とほとんど同じなので割愛する。違う点は、ウェブサイトを通じてガイドラインを見ることができる。また韓国ではNCCNガイドラインをベースとしているのでNCCNと非常に似たガイドラインになっている。2002年に作られたこのガイドラインは今年末までに改訂する予定である。  治療の傾向についての調査から、韓国はガイドラインがなくても多くのドクターたちはハイレベルのエビデンスに非常に興味を持ち、それに非常に忠実に従っているということがわかる。  問題もある。韓国自体のエビデンスが十分ではない。罹患率が低いこともあり、自国のエビデンスは非常に難しい。また医師と政策決定者の知識の間にはギャップがある。  しかしガイドライン作成によって得たこともある。韓国の政策決定者に対し、ガイドラインは非常に良いエビデンスに基づいており、韓国乳がん学会のオピニオンリーダーからの意見をベースにしているということで納得させ、それによって保健政策も変えることができると考えている。例えば2005年9月からアロマターゼ阻害薬を閉経後の女性に使うことが認可されたのは大きな成果である。

 

第2部 〜田原節子メモリアルシンポジウム〜 13:30〜16:30

テーマ:炎症性乳がんの診断と治療
Inflammatory Breast Cancer - Current Diagnosis and Management
     
座長: 戸井 雅和(都立駒込病院 外科部長)
黒井 克昌(昭和大学豊洲病院 外科 助教授)
     
演者: 坂元吾偉(日本乳癌学会 理事長)
リチャード・セリオール(テキサス大学M.D.アンダーソンがんセンター 教授)
ステファン・エッジ(ロズウェル・パークがん研究所 胸部・軟部腫瘍外科部門長)
岩田広治(愛知県がんセンター乳腺外科部長
   
挨拶:田原総一朗

 

講演者:坂元吾偉
テーマ:疾病の概念についての基調講演

 炎症性乳癌は症例が少なく、どれが本物の炎症性乳癌かということもわかりづらい。基本的に臨床的には乳房の発赤、浮腫、硬結、熱感を伴うがんという定義である。炎症性乳癌にはプライマリーとセカンダリーがある。プライマリーとは、硬結はあるが乳腺内に大きな腫瘤が見られないもの。セカンダリーは大きな腫瘤があり、しばしば皮膚浸潤を伴うために乳房の発赤、浮腫、腫脹が起こる。局所再発がんとは、乳房部分切除、乳房温存療法をした後におこる再発のことである。  病理的には、乳房側の皮膚側のリンパ管侵襲(Skin Lyrphatic Invation、スキン・リーファティック・インベージョン、SLI)が特徴とされるが、炎症性乳がんにはSLIがあるものとないものがある。SLIがあるにもかかわらず臨床所見のないものは潜在性炎症性乳癌と呼んでいる。  病理的には、本当の意味の炎症性乳癌は全乳癌の0.2%である(二次性を除く)。  乳腺内のリンパ管侵襲(LI)もあるが、SLIも乳腺内のLIも10年生存率を見ると非常に予後が悪いことから、炎症性乳癌は非常に悪性度が高く進んだ癌であるということが言える。  炎症性型再発と非炎症性型再発を比較すると、炎症性型を再発するものは臨床所見では腫瘍径の大きいもの、病気の進んだもの、リンパ節移転のあるもの、放射線照射のあるものである。病理所見では核異型の高いもの、EICのあるもの、波及度が乳房内から脂肪織まで進んでいるもの、SLIがあるものである。  非炎症型では再発までの期間が短いのも特徴である。

 

講演者:ステファン・エッジ
テーマ:米国の事情、外科医の立場を踏まえて

炎症性乳癌(IBC)は本当に怖い疾病である。炎症性乳癌は全体の乳癌のほんのわずかを占め、全米の癌の登録データから発症は100万あたり100となっている。リスクは特に閉経後に高くなっている。  IBCの一般的な特徴は、皮膚の変化、浮腫、乳房が大きくなる、皮膚が厚くなる、黄斑が出てくる、明確な腫瘤がない、非常に急速に発症する、比較的若い年齢で発症する、など。また皮膚のリンパ管浸潤(SLI)も特徴ではあるが、臨床診断においてSLIがあることが必ずしも必要ではない。またSLIの有無によって生存率は変わらないことが最近の調査発表データによりわかっている。  IBCの治療で重要なことは、遠位転移を起こすかどうかである。局所療法については生存に影響を与えるということではないのでそれほど大きな問題ではない。また非常に膨張した大きな乳房の治療を行うことは不可能である場合が多い。初期については化学療法が一般的であるが、全体的な生存を上げるためには非常にアグレッシブな全身療法が必要になる。また胸壁および局所のリンパ節に対する治療も役立つ。これらに再発すると治療が非常に難しくなり、患者の生活の質(QOL)も悪くなる。  適切な治療とは何か。一般的には乳房全体のマステクトミー(乳房切除術)である。局所でコントロールするのであれば放射線治療だけでも可能だが、これがすべてのケースにあてはまるのかどうか。残念なことに現在までのところハイレベルのエビデンスによって何がベストな治療であるかということを示すものはなく、また手術が不要であるということを示すようなハイレベルのエビデンスもない。既存データからわかることは、非常に矛盾するデータが多く存在するということである。  NCCNガイドラインでは現在は手術を推奨しているが、パネリストの中でも意見の対立がある。 マステクトミーが適切であるという立場をサポートするデータがある。観察研究の結果をまとめたものから、マステクトミーによってローカルコントロールが改善しているということがわかっているが、あくまでもレトロスペクティブなものである。マステクトミーの利用がどんどん増加しているという興味深いデータがある。  いっぽう、マステクトミーは不要であるという立場をサポートするデータもある。スタンフォード大・カールソン先生のデータでは、化学療法でレスポンスが良い患者についてはIBC、LABC(非炎症性の局所進乳癌)で手術が不要であるということがわかる。  結論として、IBCのローカルセラピーの原則は、まず化学療法である。一番重要なのはIBCの場合は全身治療を行うことである。  私はIBCの患者についてはマステクトミーの際の乳房再建は望ましくないと考えている。  IBCについて、より合理的なアプローチ、レスポンスに関する評価が必要である。またバイオロジカルなパラメーターや機能的なイメージングも必要であり、有望視されている。

 

講演者:リチャード・セリオール
テーマ:腫瘍内科医の立場から、また米国で進行中の臨床試験の結果

炎症性乳癌の治療に関するデータは限られており、無作為化がされていない状況である。IBCは発症率が非常に低く、年間10万人中0.7人の発症である。特徴は、急速に増殖する疾病で、通常は三ヵ月内の症状ということで考えており、それを超えると局所進行となる。  臨床診断としては、乳房が熱っぽくなり、乳房が重く感じ、硬結があり、表皮がオレンジの皮のようになった場合、IBCを疑う。 病理症状としては増殖が早く、若い年齢で発症(通常40〜59歳)、エストロゲン・レセプター(ER)陰性の腫瘍である。  組織学的な診断としては、乳管に浸潤しており、組織グレードが高く、異数性が高い。つまり多くの遺伝子異常があって染色体が壊れている。リンパ節、血管の浸潤については、真皮・他の乳房組織の中で腫瘍の塞栓が起きている。しかし病理的に何がIBCなのかということについては優れたマーカーがない。  医学的な管理については、集学的なチームが最も重要な役割を果たす。チームなしに最適な治療を提供することはできない。浮腫が減っているか、重量はどうなっているか、発赤はどうなっているか、どの程度腫脹の広がりが小さくなっているかといったことを集学的に評価する必要がある。そして最初に診た人が継続的に診ていくことが望ましい。  研究結果を見てみると、治療別の5年生存率は手術のみでは2%、放射線3%、両方で5%、化学療法とローカルトリートメントで47%であった。ここからわかることは、導入化学療法(IC)、マステクトミー、胸壁の放射線治療がIBCに対する標準治療であるということである。ただし、これが良いと信じているということだけがいえる。

 

講演者:岩田広治
テーマ:専門施設アンケート調査結果の発表
「炎症性乳癌アンケート」

送付先:乳癌学会認定の広告できる乳腺専門医が在籍する331施設の代表者。
回答:90通/331通(回収率 27%)
以下、回答者の属性等について。

●専門分野:外科 97%、その他内科・放射線科などがそれぞれ1%程度。
●年齢: 31〜40歳 13%
  41〜50歳 53%
  51〜60歳 30%
  61歳以上 4%

 

●勤務先: 大学病院 28%
  大学付属病院を除く総合病院 44%
  癌専門病院 14%
  診療所 11%

 

今現在日本の乳癌を担っている専門医がいて、このような施設で乳癌の治療が行われていることがわかる。
     
●資格: 認定医 6%  
  専門医 90%  
 
ほとんどが乳癌専門医の資格を持っている。そういった先生方のご意見と考えていい。

 

●貴院における乳癌診療に携わる専門医師数:
  1人 32%
  2〜3人 46%
  4人以上 22%
     
米国のチーム医療と違い、1人ではチームアプローチが難しい。
 
●年間手術件数:26%の施設が50人、約50%の施設では年間100人くらいの乳癌手術をしている現状がわかる。

 

●炎症性乳癌について。
どのような乳癌を炎症性乳癌としているか:
? 腫瘤の大きさや皮膚への浸潤の程度に関わらず、皮膚に発赤、浮腫を伴うものはすべて…17%
? 腫瘤の範囲を大幅に超えて、広範囲な皮膚所見(発赤、浮腫)を伴うもの…43%
? 腫瘤は触知せず(画像では診断可能)、皮膚に広範な発赤や浮腫を伴うもののみ…39%
結果は見事に分割されており、炎症性乳癌というものの定義が専門医の中でも非常にあいまいであるという現状を示している。

炎症性乳癌の確定診断は何でされていますか:
? 臨床所見(皮膚の発赤、浮腫など)のみ 21%
? 時々皮膚生検を行う 42%
? 必ず皮膚生検を行う 34%
このあたりにも診断の定義、モラリティにばらつきがあることがわかる。

炎症性乳癌の治療にはまず何を行いますか:
手術、放射線治療が少数あるが、薬物治療(全身)が93%と大半である。

薬剤の選択は分子生物学的因子の発現で異なりますか:
ほぼ半数に分かれたが、違いがないと答えた方のなかでもHer2の発現に関してはそれによってハーセプチンの使い方を分けているという回答が多かった。

どのように分子生物学的因子を同定していますか:
?皮膚生検で計っている 32%
?転移腋窩リンパ節の生検で 9%
?乳房内の腫瘤があれば、これを針生検して 59%

炎症性乳癌は増加していると思いますか:
 はい 11%
 いいえ 83%

今後炎症性乳癌の予後の向上のためにどのようなことが重要だとお考えですか:
? 有効な薬剤の開発 41%
? 炎症性乳癌のバイオロジーの進歩 29%
? 新規治療法(免疫療法など)の開発 9%
? 的確な診断(乳腺炎と誤診しない) 17%

●その他フリーコメントの紹介。
・ 炎症性乳癌の定義を明確にして欲しい。
・ 集学的な治療が重要である。
・ 他の通常型と予後等が異なることを患者にどのようにIC(インフォームドコンセント)するかが重要。
・ 炎症性乳癌の有効な治療経験がない。有効な治療があったらこのような会で教えて欲しい。いつも苦労している。
多くの医師の先生方が大変苦労されているというコメントが多かった。

炎症性乳癌の頻度: 1999〜2004年(5年間)

全90施設の集計では、原発性乳癌40,390例のうち、356例が炎症性乳癌だった(0.88%)。ただこの頻度については手術が5年間で1,000件以上、年間200件以上おこなわれている15施設だけをピックアップしてみると1/1,015例(0.09%)から36/1216例(2.9%)とかなり幅があった。これはどこまでを炎症性乳癌に含めているのかということに関係していると思われる。今回は各施設から自己申告されたものをそのまま紹介している。

ホルモンレセプター(HR)の発現:測定していた280例のうち
 陽性(+) 109例(38.9%)
 陰性(−) 144例(51.4%)


平均生存期間はHR+で1274日、HR−で1097日。3年のところで生存率を見ると、HR+では65%、HR−では42%だった。

Her2の発現:測定していた288例のうち
 3+  71例(陽性率は24.6%)
 2+ 31例(  〃 10.8%)
 1+ 56例(  〃 19.4%)
  0   68例(  〃 23.6%)

通常の乳癌のHer2の発現とほぼ同程度である。つまり今回のアンケートでは炎症性乳癌だから特別Her2の陽性率が高いという結果は得られなかった。

Her2の発現による生存率
 陽性(+) 107例
 陰性(−) 148例
 不明 64例(手術されておらずHer2の発現を調べていないような患者)

平均生存期間には差がないようだが、Her2陽性例の生存曲線が良好な結果を示している。これはハーセプチンが再発後使われているケースもあり、それで生存率が伸びている可能性はある。

病理学的リンパ節転移個数:リンパ節転移がわかっていた281例のうち 手術をしてリンパ節転移がなかった例は29例あるなど、最初に化学療法を行うケースが多く、手術に至らない場合があり、それが「不明」の内訳かと思う。不明の方、つまり手術しなかった方の予後が一番悪い。

今回のアンケートでわかった炎症性乳癌の特徴は以下の通り。
・ 炎症性乳癌の頻度は全乳癌の1%弱。
・ ホルモンレセプター陰性乳癌が多い。
・ Her2陽性の頻度は通常型と変わらない。
・ HR陽性、Her2陽性症例の方が生存期間が長い。
・ 抗がん剤治療後もリンパ節転移が多く残存する症例は予後不良。
・ 手術不能症例はさらに予後不良。

炎症性乳癌の問題点について。
・ 診断基準があいまい。乳癌取扱い規約(第15版)には「通常腫瘤は認めず、皮膚のびまん性発赤、浮腫、硬結を示す」と描かれているが、今回のアンケートで専門医の39%のみがこの定義を使っているということが浮き彫りになった。

炎症性乳癌の確定診断を、ほぼ臨床所見のみで行っている方が68%、皮膚生検が34%ということで、皮膚生検が本当に必要かどうか検討する必要がある。